地域OTAでの生成AI活用について

はじめに

生成AIが話題です。一時期の熱狂からすると若干落ち着いたとはいえ、その話題を目にしない日はありません。

実際、弊社のようなシステム開発会社へのインパクトは大です。このインパクトは「脅威」ではなく「恩恵」です。歴代のどのような天才プログラマでもかなわないほど博識のITエンジニアを月20ドルで雇用できるのですから。もちろん受託開発のように「時間」を切り売りしているビジネスであれば恩恵はありませんし、生成AIをうまく使えない駆け出しエンジニアには脅威ですが、弊社のようにシステムの「機能」「価値」を提供しているビジネスにはその恩恵ははかりしれません。

では、弊社が提供する「地域OTAシステム」で生成AIは活用できるでしょうか?

実用的な品質・コストのモデルを開発・運用できるか?

観光用途で生成AIの活用アイデアとしてよく言われるのは「繁閑を考慮した最適な周遊ルートの提案」とか「個別最適化(好みや属性)されたレコメンド」です。

結論から申し上げると「地域OTA」という規模感で考えた場合、現時点では困難と思われます。そう考える理由は以下の3つです。

  1. 良質かつ大量のデータが存在しない
    • ChatGPTによると「一概には言えませんが、1万文字くらいの良質な文書が数千くらいあれば、それなりの品質のものができる可能性があります」とのこと。新書の文字数が約7万文字です。絶望的ですね。
  2. 莫大なコストが必要・・・モデルの開発・チューニング・運用に莫大なコスト(人的コスト、計算コスト)が必要です
  3. 正確な情報であることを保証できない
    • 生成AIは論理的に見えますが実際には統計的な処理です。不正確・陳腐化・無効な情報が含まれてしまうのは避けられません。
      • これを防ぐために「この情報は必ずしも正確とは限りません。最新の情報をご確認ください。」という注釈をつけざるを得ません。これはよく見かける実用性のないチャットBOTと同じです。「最初から自分で調べたほうがはやいじゃないか!」という結果になるのが目に見えています。

もしも「金に糸目はつけない!」という夢のような話があったとしても、データがありません。これは致命的です。冒頭で「システム開発」というカテゴリでの生成AIのインパクトの大きさを述べましたが、これは「オープンソース」という他の業種では類をみない独特の文化・エコシステムが存在していて「良質かつ大量のデータがネットで公開されている」という稀有な条件が整っているからの話です。そのようなデータは地域には存在しません。

しかも料金情報や営業・開催情報は「正確」「最新かつ有効」であることが求められますが、結局は「統計」なので「正確さ」には限界があります。また最新情報を常にキャッチアップするには「そのデータを収集して学習させる人」が必須です。これは多大な人的コストを要します。天気に開催が左右される屋外イベントの情報は当日になるまでわかりません。主催者はてんやわんやしているのが常です。そんな情報で情報を遅滞なくAIのお守りをする人に伝えるのは困難です。

以上より実用的なモデルを開発・運用することは現時点では困難です。

旅に求められる「感動」「豊かさ」と生成AIが生み出す「情報」「効率」は相性が悪い

仮にですが、上述したような課題が解決したとして、それは本当に利用者に求められていることでしょうか?弊社ではそうは思いません。生成AIが知っているということは「公知」であることを意味します。何かから学習しているわけですから。Google検索すれば簡単に見つかるでしょう。そのような情報の価値はさほど大きくはありません。

また、そもそもの話として地域OTAを利用するようなシチュエーションで「情報」を生成AIに教えてもらって嬉しいでしょうか?人が「旅」「体験」に求めることは「効率」ではありません。

食でも、穴場の名所も、様々な体験も、その「良さ」「希少さ」「歴史・由来」「コツ」などを教えてくれる人が、生き生きと語ってくれるから期待が高まり(ワクワク)、驚嘆したり(へーっ)、納得・共感する(なるほど!)のであって、それがその人の人生を豊かにする「気づき」「学び」につながるのではないでしょうか。生成AIが画面に表示するテキスト・画像にそのような効果は期待できません。

(念のため、記載しておきますが、「生成AI」が嫌いだったり、脅威を感じてでディスっているわけではありません。冒頭に記載した通り弊社は生成AIの多大な恩恵を毎日のように享受しており、その凄さ・可能性に魅了されています。ゲームチェンジャーです。ですが、その一方で限界を肌で感じていますし、その先もぼんやりと見えています。生成AIは超有能アシスタントです。感動や価値を生み出すのはそれを使う「人」です。)

AI活用の長い将棋界では、AIが棋士よりはるかに強いですが、それでも人間の対局はなくなりません。それは人間の対局ならではの「ドラマ」「感動」があるからです。仕事であれば「効率的に周遊できるルート・すいているルート」といった情報は重要ですが、観光・旅・体験ではかならずしも効率=良いこととは言えません。立錐の余地もないほど混んでいて熱気のあるイベントだから感動するのであって、その逆ではありません。行列に並ぶことにも価値(例えばディズニーランドのディープなファン)を感じる人だっているのですから。(では、そのような個々人の好みを聞いてレコメンドすれば?と思うかもしれませんが、そんな事情聴取されたら興ざめですよね)

もちろんトイレ待ち、食事の注文待ち、レジ待ち(現金支払い)のような不毛な時間は避けたいですが、そのソリューションを提供するのは、生成AIではなく従来のシステムによって開発されたアプリケーションで十分です。

コンテンツやサービスの提供側では使える

ここまで述べたように旅行者側から見た生成AIはまだまだ実用的ではありません。

一方で受入れ側(コンテンツやサービスの提供側)には役に立ちます。たとえば「突拍子もないプランのアイデア出し」「キャッチコピー案作成」、「集計したデータの分析と改善案の立案」といった用途は今すぐにでも役立ちそうです。なお、そのような用途では、わざわざ莫大なコストをかけて地域向け学習をさせる必要はなく、素のGPT4を使えば十分です。

まとめ

話題の生成AIを地域OTAで活用できるか?について考察してみました。何かしら役に立てば幸いです。

今のような「期待が過熱」している時期には技術的知見が皆無なのにあたかもその道の専門家やビジョナリーを気取って、フワッとしたなんとなくよさげな詐欺的(=誇大・優良誤認という意味で)な売り込みをしてくる人物が出てくるのが常なので、真にうけて貴重な資金、時間、信用を失わないようにご注意いただければと思います。一昔前までは「ブロックチェーン、Web3、NFT」その前は「クラウド」とかがそうでしたね。

地域OTAも「詐欺的」とか言われないように頑張らないと!!